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                       銀山平温泉 村杉



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初めてお越しのお客様の中には、福島県にある只見町と勘違いし道を間違えそうになったと言う話を聞くことがありますが、銀山平から国道352号をダム沿いに1時間ほど行った「尾瀬口」と言う船着き場先の金銭橋が福島との県境になります。
奥只見ダム(通称・銀山湖)は殆どが新潟県ですが、放水口から下流が福島県となり漁業券は両県共用となります。
また銀山平の大半は宇津野集落の「58軒共有地」と言う複雑な条件もあり、地主以外山菜などを採ることができません。そんな自然に生きる昔からの知恵を生かした環境の起こりを村の歴史年表をもとに、簡単にご紹介していきたいと思います。

村杉と銀山平のあゆみ


年に数組、故開高健氏ファンの方が訪ねてくださいます。
釣り人も北之又川の禁漁区・保護水面に興味を持たれます。
そして銀山平温泉ログハウス村の成り立ちに質問されます。
細かいことは書ききれませんが、とりあえず私自身あいまいな年号に関しては、家族皆で頭を寄せ合い年表作りをしました。
だいぶ古い頭の持ち寄りですので間違いもあると思いますが、指摘され次第訂正していつか信用のおける年表にしたいと思っています。


西暦 和暦 事   柄
2016 平成28 記録破りの少雪
2015 平成27 記録的な豪雪でシルバーライン夜間規制解除は5月8日へ延期

夏の雪祭り会場が大湯温泉エリアに移設
2011 平成23 3.11 東日本大震災
3.12 長野・新潟県境地震
7.30 新潟・福島豪雨

11.30奥只見の魚を育てる会代表・常見忠氏亡くなる

日本にとっても、魚沼にとっても、災害に振り回された年
豪雪により、銀山平の温泉が初めての凍結で再開が遅れ
その後、豪雨被害により「白銀の湯」休館と、初めての
一時災害休業を余儀なくされた1年でした。
2008 平成20 雪と雨の少ない1年で川の減水が気になりました。
ゲリラ豪雨 :7月27日(日)銀山平夏の雪祭り中に豪雨
昨年に続き記録破りの少雪
2007 平成19 新潟県中越沖地震発生 (7月16日:柏崎沖震源)
ふれあいの森トレッキングコース開設(遊歩道内)
開高健記念講演会&メモリアルクルージング(6月)
記録破りの少雪
2006 平成18 枝折峠交互時間規制及びバイク規制解除
記録破りの豪雪に銀山平地区の交通時間規制が長引く
2005 平成17 地震を前後して豪雪・大雨と災害が新潟県に続く
開高記念会 秋の来訪で思い出の周遊船
2004 平成16 新潟県中越地震発生 (10月)
湯之谷村から町村合併で魚沼市となる(11月)
2002 平成14 銀山平温泉 村杉 としてオープン (HP開設)
温泉センター「白銀の湯」 オープン
2001 平成13 銀山平森林公園内に各宿移転 (11月)
2000 平成12 銀山平森林公園内に温泉センター・ログハウス村建築
1998 平成10 10月17日(土)夜〜18日早朝にかけて、台風10号直撃
1992 平成4 銀山平 (丸太沢) に温泉湧出  10月
         (温度46.2℃・毎分396リットル)
シルバーライン銀山平口に「新白光岩橋」 完成 (6月)
1991 平成3 開高健記念碑 北ノ又禁漁区入り口に落成 
1989 平成
 元年
昭和64
開高健氏亡くなる(12月9日)

「ふれあい夏の雪祭り」開催される
1987 昭和62 「村杉小屋」船着場へ引越し「フィッシングハウス村杉」となる
1986 昭和61 中ノ又林道を利用して浩宮殿下(皇太子)平ヶ岳に御登山
1985 昭和60 「銀の道」を文化財として復活
1984 昭和59 奥只見降雪観測所開設以来の大雪(総降雪量36.43m)
1981 昭和56 北ノ又川 保護水面となり永久禁漁区域となる (11月)
未曾有の大雪で南山壮等 雪崩被害多発
1978 昭和53 奥只見丸山スキー場、春スキー場としてオープン
大雨で孵化場浸水 その後徐々に河川改修が行われる
1977 昭和52 シルバーライン無料となる
1976 昭和51 銀山平に岩魚の孵化場出来る (低水温の為数年後に解散)
銀山平キャンプ場オープン
銀山湖禁漁期間10/1〜4/20となる (3月)
1975 昭和50 「奥只見の魚を育てる会」 第1回記念放流 (11月)
「・・育てる会」 北ノ又川の3年間全面禁漁勝ち取る (8月)
「奥只見の魚を育てる会」 会長 開高健氏で立会 (4月)
県道 小出〜銀山平線が国道352号線に昇格 (4月)
1973 昭和48 越後三山・奥只見国定公園指定 (5月)
1971 昭和46 電話開通 (9月) 開高氏来訪 (山芋を喜ぶ)
奥只見シルバーライン有料道路として開通 (8月)
開高健氏一家とサントリー佐治氏一家6人で来訪 (6月)
          (アケビの木の芽に喜ぶ)
1970 昭和45 10月 電気開通
6月〜8月 開高健氏逗留
5月 作家開高健氏フィッシュオンの取材に来る (和船4艘)
1967 昭和42 国道17号線開通
1965 昭和40 平ヶ岳(2140m)に鷹ノ巣から登山道を開設 (6月〜)
村杉沢へ小屋の移転(村杉小屋となる)
県の林業事務所の小屋が隣接して建ち賄いをはじめる
1963 昭和38 大鳥発電所運転開始 (11月)
山菜採り片手間に釣宿開始・中ノ又の渓流及び和船1艘購入
1962 昭和37 奥只見発電所完成式「最大出力36万キロワット」 (5月)
1961 昭和36 奥只見ダム竣工 (6月)
1960 昭和35 奥只見発電所 一部運転開始 (12月)
1957 昭和32 小出〜奥只見八崎間 32km前線舗装道路完成
ダムの補償金で山菜小屋を建てる
1953 昭和28 奥只見電源開発工事着工 (7月〜)
1949 昭和24 只見川電源開発計画案成る
1945 昭和20 太平洋戦争終結 (この冬未曾有の豪雪)
1943 昭和18 林道(自動車道) 大湯〜石抱間完成
1939 昭和14 湯之谷郷森林組合を設立
1938 昭和13 銀山片貝沢の山中に陸軍大型輸送機墜落
1933 昭和8 銀山平に満豪開拓青年講習所が開設される
1931 昭和6 折立校の銀山分教場を開校
1925 大正14 芋川・宇津野・上折立・大湯の4施業森林組合を設立
1922 大正11 佐梨川水力発電(株) 大湯発電所完成、村にはじめての電灯
1910 明治43 銀山拓殖会社設立 (入植者を募る)
1861 文久1 宇津野の村人、銀山北の又に出作を開始する (14代将軍)
1859 安政6 銀山坑道事故により休山 (コ川家茂:14代将軍)
1850 嘉永3 銀山付近で鉛山稼ぎを再開する (コ川家慶:12代将軍)
1713 正徳3
(コ川
 家綱
 7代
 将軍)
上田銀山、休鉱となる。発見後採掘期間およそ56年
上田銀山、1689〜1705年 の間繁栄する
山中の戸数約1,000軒、寺院が3寺あったという。

銀山街道に宿場(銀山8宿)をおく
1653 承応2 銀山奉公を任命 普請を始める8月 (コ川家綱:4代将軍)
1641 寛永18 赤の川(現只見川)で銀鉱山を発見7月 (徳川家光:3代将軍)


奥只見・銀山平の歴史に興味のある方へ


両親も世間ではご隠居様の年齢に達して久しく、銀山平へ来る機会も激減
銀山平の昔話に詳しい人も減少しつつあり、少しでもお客様の疑問に
お答えできるよう、旧湯之谷村立村100周年記念で作られた村史
「湯之谷のあゆみ」を元に年表を作りました。

その後2004年10月23日に思いもかけない中越地震が発生
震災混乱の中、11月1に市町村合併で魚沼市が誕生しました。
湯之谷村は無くなり、魚沼市として現在に至りますが、その後は
全国的に自然災害が多発し、魚沼も繰り返す大雨水害で
川や沢を中心に大きく様変わりいたしました。

義父に言わせると、川の生い立ちは自然災害の繰り返し
そして今があるという原点に返ると、恐れることはないのかもしれません。

そんな自然との共存をしてきた世代も、徐々に減少し始め
戦後生まれの私達には、何を伝えていけるのか危機感を覚えつつ
両親からの聞き取りを交え、「村杉」の成り立ちを書き加えました。

オレンジ色の記載が村杉小屋の経緯となりますが、年号等誤りもあるかと思われますので、お気づきの点がありましたらご指摘して頂きたいと思います。


参考資料

湯之谷村100周年記念 湯之谷のあゆみ (湯之谷村発行)

銀山平を拓いた人々  磯部定治著  (銀山拓殖株式会社発行)